2024年12月12日、天王寺に家族で行く用事があって、その帰りにひとりでうろうろ。
※写真を撮ったまま、ブログの記事にするのを忘れていました。
カメラはNikon F、レンズはNokton 58mm F1.4、フィルムはアクロスII。天王寺駅の北口から出て、商店街に入って、北上し、堀越神社あたりで谷町筋に出て、天王寺に戻るルート。
もう少し北上して、四天王寺や愛染さん、口縄坂などの坂も取りに行こうかと考えたのですが、時間的に日暮が近く、ISO100では厳しそうなのと、夕食までに帰れない可能性を危惧して、堀越神社までにしました。
どこかにも書いたと思いますが、天王寺は懐かしい街です。中学・高校の6年間、近鉄南大阪線の阿倍野橋駅で降りて、JR天王寺駅で環状線に乗り換える生活を送っていました。
天王寺も様変わりしました。それは街の常であり、とくに淋しくも哀しくもないけれど、昔に撮った写真を見ると、懐かしさは感じます。
街は変わり、人も変わります。天王寺をうろうろしていた頃から、もう30年以上が経ち、来年子どもたちは中学生になります。結婚からも今年で15年。中学生の頃、45歳の自分が何をしているかなんて、想像もつきませんでした。
先日、義父の卒寿のお祝いに参加しました。その際、義父が80年はあっという間、したいことは早い内に、ということを仰っていました。80年があっという間、という実感はまだありませんが、45年は今から考えるとあっという間です。一日いちにちが積み重なって、ひと月、一年と過ぎていく。日々はすべきことをするだけの惰性の中で流れていきます。その流れに従うのならばそれでいいのだけれど、もしその流れに抗ったり、止める必要があるようなこと(=したいこと)をするのならば、できるだけ素早く強く、楔を打つように行動すべきだと思います。
と書いていて、私にとっての写真は、流れる日常に楔を打つ行為なんじゃないか、という気がします。日常が嫌なわけではないけれど、それだけでは寂しいことも事実。何のために楔を打つかは不明。このあたりをじっくり考えてみると、何かにたどり着くかもしれないけれど、面倒な気がするので、頭の片隅に留めておくのみとします。
閑話休題。天王寺です。
懐かしい場所ですが、今回訪れた北口の北側、天王寺公園から谷町筋を隔てた東側の奥の方は初めて行きました。薄暗い商店街があったり、新しい大きなマンションがあったり、変化に富んだ街でした。こういう感じは好きです。薄暗いので、次に行くなら高感度のフィルムにしたいところです。今度、ILFORD XP2 SUPER 400を通したカメラを持って行きたいものです。
9月から、娘の塾の都合で毎週日曜日に天王寺に行く必要があるので、その間に行くのもいいかな、と思います。昼過ぎからなので、まだ日も高い。安居神社や口縄坂がどうなっているのか、見に行こうと思います。








